『日本一のブログ道』ブロガー藤井洋輔(ふじいようすけ)の『新しい遊びを紹介するブログ』@旅BAR名古屋ブログ

大阪出身で名古屋住み/24歳/転職22回/4つクビ/発達障害者手帳3級/元お笑い芸人/新しい遊び"挑戦系"youtuber(旅BAR TV)/新しい遊び紹介ブロガー(日本一のブログ道)/『日本一話せる友達ができるBAR』旅BAR名古屋店長/職業は『プロ遊び職人』/僕の頑張る理由が皆んなの頑張る理由に/このブログ『日本一のブログ道』を【日本一新しい遊びを紹介するブログ】にします。

障害者手帳3級持ちブログ。僕はADHDを活かせる仕事に転職した。あなたはどう生きる?まだ障害のせいにして生きる?

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障害者手帳3級持ちブログ。僕はADHDを活かせる仕事に転職した。あなたはどう生きる?また障害のせいにして生きるのか?

 

 

どうも!!旅BAR名古屋運営&ブロガー&ユーチューバー、

乾杯と笑いと人が大好き、

 

藤井洋輔(ふじいようすけ)です。

 

今回は普段語らない、僕のひみつの過去について書きます。

 

 

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僕は絶望的キャリアの領域に達成した。笑

 

 

僕は、ADHD(多動性と注意欠陥)という世間一般では発達障害とかいうものがひどすぎて、

24歳で、転職22回、クビ4回、大学は中退、クレジットカードはブラックリストという、

 

絶望的なキャリアを達成している。笑

社会不適合者という言葉は僕のために生まれてきたのではないかと思うほどだ。笑

 

ついでに、精神科の先生には、障害者手帳3級と診断されている。笑

マジでネタみたいな人生をくぐりまくってきた。笑

 

いや!もちろん今はすっごく毎日楽しいよ。

 

ほんとみんなのおかげで、

 

大好きな家族や彼女のれいなや仲間と、一緒に入れる上に、

大好きな旅BARとブログとユーチューブをやらせてもらえて、

 

本当に「色々あったけど、ほんと生きててよかった」と思える毎日だ。

 

 

そのため、いつも+なことばかり発信しているのだが、

 

たまには、普段ほとんど話さない、ひみつの過去の話をしよう。

 

僕はミス界のエンペラーだ。4回クビの理由。

 

ずばり、4回クビの理由はシンプルに「ミスが多いから」それだけ。笑

要領も全体的に悪い。笑

 

当時はバイト先で、リアルのび太と呼ばれていたこともあった。笑

 

協調性もないし、人の話も頭に入ってこないので、全身全霊聞いてるふりばかりしている。笑

 

その結果4つクビ。笑

 

みんなに合わせて頑張ってみた。短所を治そうと思ったけど全然ダメだった。

 

座ってやる単純作業に、頭を使って考えてから行動するミスをしないようにする、予定を守る、

人の話をきちんと聞く

 

色々頑張ってみたけど全くダメだった。

むしろダメなところばかりに目がいってしまって自信を無くした。

 

みんなができることができないことが悔しかった。僕は何もできない人間なんだろうか?

 

会社の人に、

「お前は仕分けの仕事とかだれでもできることしといたら?」

「お前はやりたいことできないよ。なんもできねえもん」

「おい!発達障害!お前は会社じゃなくて病院いけよ!!」

 

と言われたこともあった。

当時の僕の気持ちをみんなはわかるだろうか?

 

誰にぶつけていいのかわからない、自分への怒り。悲壮感。

 

過去の僕は「僕は生まれてくるべき人間じゃなかったんだ」と思ってしまったんだ。

 

 

僕はバカだった。

オカンが精一杯、一生懸命産んでくれて、

頑張って汗水たらして働いて、命を削って、自分ごとのように大切にしてくれたのに。

 

不覚にも「僕は生まれてくるべき人間じゃなかった」と思ってしまったんだ。

 

 

一番みじかな存在の家族がヒントをくれたんだ。

 

メンタルが崩壊し、寝る前に毎日できない自分が嫌すぎて、大号泣しながら寝る3ヶ月を過ごした夏。

僕はふと実家に帰った。

 

 

これが僕のかなりの転機だ。

 

僕は3兄弟で、長男だ。

 

真ん中の妹は当時17歳で高校3年性で就活シーズン。

 

机に就活に向けた、自己prシートが置いてあるわけだ。

 

 

僕はこっそり妹のシートを見た。

 

名前、長所短所、やりたい仕事、たくさん書いてあった。

 

そこで僕は目を疑った。

 

尊敬してる人、

「兄貴」

 

 

嘘だろ。

俺は何もできない兄貴だぜ。どこがいいんだよ。

 

そう思いながら、

 

そのあと、妹に聞いた。「こんな兄貴のどこが尊敬しているのか?」と。

 

妹は答えた。

 

 

「兄貴が不器用なりに頑張っている姿がウチの頑張る理由になってる」

 

そうか「ぼくのがんばるりゆうが、みんなの頑張るりゆうになるのか」

 

僕はここでふっと、

今まで背負っていた肩の荷が一瞬で降りた。

 

 

そこで同時に末っ子が、「統合失調症」という、自分の意識を保てない病気にかかって、

生活もままならないため入院してしまった。

 

原因は、家族関係の薄さによるストレスだった。

当時中3で受験に友達関係、しかも家族関係まで悪いとなると。

 

それまでそれぞれが好き勝手しすぎて、家族の絆が本当に低かったんだと思う。

 

俺は自分に精一杯で、目の前の人1人さえも守れないのか。あぁ

 

 

あぁ僕はもうあとに引けない。やるしかないな。

 

「僕ができることは、全力で生きて、目の前の人から幸せにしていくことだ。」

 

 

そうか、一生懸命生きてりゃいいことあるのか。

 

そこからは目の前の人を大切に全力で取り組んだ。

 

もちろんうまくいかないことがほとんど。

なんなら、いろんなこと怒られすぎて、何を怒られたのか全く覚えてない。笑

 

でもまっすぐ突き進み続けた。

全力で目の前の人のために何ができるのか考えた。

 

しかし、あるときふと気づいた。

 

あれ??おれできないことやってくれてるやん、みんな。

 

細かい作業や、ミスできないこと。

 

そうか、やっと気づいた。

 

短所はなおすもんじゃなくて、誰かに頼って助けてもらうのがいいのか。

 

できないができるに変わるのか。

 

 

そして。今日もまた僕は今を生きている。

 

 

また辛いこともあるかもしれない。しんどいときもあるかもしれない。

 

でも最後に幸せであれば、それまではただのネタでしかないのかもしれない。

 

何があってもまた何度でも一歩踏み出してやろう。おれ。

 

 

目の前の人を全力で大切にし、色々あったけど生きててよかったと思える毎日を。

 

あぁおれなに書いてるかよくわかんないや。まあいっかたまには!笑

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